糖尿病は怖いと言う漠然としたイメージを持たれている方は多いと思いますが、それはなぜでしょうか?
なぜ、糖尿病が怖いのかと言うと、血糖値が高いこと自体が怖いのではなく、それによって引き起こされる「合併症」が非常に危険な為なのです。
糖尿病の6大合併症とは
糖尿病による合併症は、高血糖により動脈硬化や神経障害が起こるため、全身の様々な部位に出現します。
進行の速さにより「急性合併症」と「慢性合併症」に分けられ、合併症が起こる血管の種類により「大血管症」と「細小血管症」に分類されます。
急性合併症は、急激かつ極度のインスリンの作用不足によって起こります。
慢性合併症は、高血糖状態が長期間にわたり持続することによって起こります。
どちらも日常生活に障害をもたらす恐れがあり、特に急性合併症は致命的な危険が高く、慢性合併症では健康寿命を短縮させ、生活の質(QOL)を大きく低下させる要因となります。
このような糖尿病の合併症でも、最近は代表的なものを6つ合わせて、「6大合併症」と呼びます。
この6つの合併症とは以下を指します。
- 網膜症
- 腎症
- 神経障害
- 心筋梗塞
- 脳梗塞
- 歯周病
歯周病は近年追加されました。
それまでは歯周病を除いた5大合併症や、網膜症、腎症、神経障害だけの3大合併症とも言われていました。
そう言えば、最近歯ぐきが腫れてきたから歯医者さんに行こうと思ってたんだよね。
急性合併症
糖尿病では、自覚症状が現れにくいと記載しましたが、これは慢性合併症の話であり、急性合併症ではインスリンが急速にかつ極度に作用しなくなるため、急激な症状が次々と体に現れてきます。
このような急性合併症になった場合には、すぐに適切な処置をしなければ致命的な経過をたどることになりかねません。
糖尿病ケトアシドーシス
糖尿病ケトアシドーシスは、極度にインスリンが不足したり、コルチゾールなどの血糖を上昇させるホルモンが増加するなどするとインスリンの作用が低下して発症します。
「インスリンだけではない!血糖値をコントロールするホルモンとは?」で解説した通り、インスリンは血液中のブドウ糖を筋肉や肝臓に取り込むことで、血糖値を低下させます。
このため、極度のインスリンの作用不足に陥ると、ブドウ糖を筋肉や肝臓に取り込むことができなくなり、高血糖状態になります。
筋肉や肝臓ではブドウ糖が入ってこなくなるため、エネルギーを作り出すことができなくなり、代わりに脂肪を分解してエネルギーを作り出します。
この脂肪を分解する過程で、「ケトン体」と呼ばれる副産物が作られてしまいます。
ケトン体が血液中に増加すると、血液が酸性に傾いてしまい、体に異常が発生します。
この状態を「糖尿病ケトアシドーシス」と言います。
糖尿病ケトアシドーシスは1型糖尿病で多いですが、2型糖尿病でも清涼飲料水を多く飲むことで発症する方が増えてきています。
(清涼飲料水アシドーシスとも言われます。)
若い方に発症しやすいと言う特徴があります。
糖尿病アシドーシスは、1型糖尿病で何らかの理由によりインスリンを注射できなかったり、2型糖尿病で清涼飲料水を大量に飲んだ時に起こりやすいです(ペットボトル症候群)。
このため、インスリン注射を適切に行うようにし、清涼飲料水は急激に摂取することはしないようにしましょう。
前述したように、「糖尿病ケトアシドーシス」は、ブドウ糖が不足した時などに、代わりに脂肪を体内で分解することが原因で生じる症状です。
私はずっと、なぜブドウ糖が多く含まれている清涼飲料水を大量に摂取して「ペットボトル症候群」が起こるのか理解ができませんでした。
この理由は、インスリンはそもそもブドウ糖を血液中から細胞内に取り込むことで、細胞のエネルギーとすることができます。
しかし、ブドウ糖を大量に摂取した時には、インスリンの作用がブドウ糖の処理に追い付かずに血糖上昇が見られます。
この繰り返しの清涼飲料水の多飲により、インスリンを分泌している膵臓は徐々に疲れてきてしまい、インスリンを十分に分泌できなくなるのです。
このため、1型糖尿病のようにブドウ糖を摂取しているのに、それを細胞内に取り込むインスリンが枯渇してしまい、細胞内でエネルギーが産生することができず、止む無く「脂肪」から「ケトン体」を産生してしまうため、「ケトアシドーシス」を生じるのです。
症状
糖尿病ケトアシドーシスになると高血糖症状による以下の症状が出やすくなります。
- 異常なのどの乾き
- 水分をよくとる
- 尿量が多い
- 頻尿
- 疲れやすい
- 体重減少
- 吐き気
- 腹痛
- 脱水症状
また、吐いた息が果物のような香りがするようになります。
放置すると意識障害を起こし昏睡状態になり、死に至ることもあります。
糖尿病ケトアシドーシスが現れた場合はすぐに受診したり、場合によっては救急車を呼ぶなどの適切な処置をしなければなりません。
もし、自身やご家族の方が糖尿病ケトアシドーシスかどうか判断できない場合は、医療機関に連絡してどのように対応すれば良いのか判断してもらうようにしましょう。
高浸透圧高血糖症候群
2型糖尿病の特に高齢者に多く発症します。
糖尿病ケトアシドーシスと同じく著しい高血糖と脱水状態が起こりますが、著しく血液が酸性になると言うこは起こりません。
原因として、感染症や手術や利尿薬、ステロイド薬の使用などがあります。
症状
やはり、上記のような高血糖症状が起こり、放置すると昏睡状態になり、死亡することもあります。
糖尿病ケトアシドーシスでの対応と同様に、高血糖症状が現れた場合はすぐに受診したり、場合によっては救急車を呼ぶなどの適切な処置をしなければなりません。
乳酸アシドーシス
乳酸の代謝が何らかの原因でうまく代謝されなくなったときには、血液中で乳酸が過剰となり「乳酸アシドーシス」を引き起こします。
乳酸アシドーシスになると、筋肉痛、筋肉の痙攣、倦怠感、脱力感、吐き気、嘔吐などの症状が出やすくなります。
もし、このような症状が出た場合はすぐに受診するようにしましょう。
糖尿病の薬の「ビグアナイド系」と呼ばれる薬を服用していると乳酸アシドーシスが起こりやすくなると言われています。
ただ、その頻度は、ビグアナイド系で最も使用されている薬の「メトホルミン」で、10万人に1年間投与して約3人現れる程度だと言われており1)、非常に頻度は低いため過剰に心配して服用を中止するようなことは絶対にしないようにしましょう。
ただし、以下のような疾患や状態がある時は、ビグアナイド系の薬を服用しない方が良い場合もあるので、かかりつけの医師に相談しておくようにしましょう。
- 腎機能障害
- 肝機能障害
- 心臓の病気
- 過度のアルコール摂取
- 下痢・嘔吐などで脱水状態
ビグアナイド系の薬の詳細については、後日投稿予定ですが、主な薬には、「ブホルミン塩酸塩(ジベトス)」「メトグルコ(メトホルミン)」があります。
(緑字で一般名(主成分の名称)を記載しています。カッコ内は先発医薬品の名称です。)
低血糖性昏睡
糖尿病治療薬の「インスリン製剤」や「SU薬」と呼ばれる薬には、強い血糖を下げる作用がありますので、血糖値が下がり過ぎてしまう「低血糖」が起こりやすくなります。
低血糖は、糖尿病治療を受けている方がアルコールを摂取した場合や、食事を摂れなかった場合にも起こりやすくなります。
低血糖症状には、発汗、頻脈、手足の震え、動悸、不安感、空腹感、頭痛、集中力低下、脱力感、眠気、めまいなどがあります。
進行した場合は、意識障害や昏睡を起こし、低血糖で昏睡状態になった場合を「低血糖性昏睡」と呼びます。
低血糖症状が起きた段階であれば、自身でブドウ糖などを摂取することで症状を改善することができますが、低血糖性昏睡が起きてしまった場合は、すぐに救急車を呼ぶ必要があります。
感染症
糖尿病では免疫力が低下しているため、ウィルスや細菌による感染症にかかりやすく、感染症を重症化させやすくなっています。
膀胱炎や風邪、水虫などの感染症は放っておくと、重症化しやすいのですぐに受診するようにしましょう。
風邪引くと、その日の予定が台無しになるから気をつけないとだね。
慢性合併症
慢性合併症は、小さい動脈や毛細血管に障害が起こる「細小血管症」や、大きな血管に動脈硬化が進行することで障害を引き起こす「大血管症」、「糖尿病性足病変」、「認知症」、「歯周病」、「ばね指」などがあります。
慢性合併症は、通常、糖尿病を発症して数年後に症状が現れてくるため、糖尿病と診断されてもしばらくは油断しがちになります。
細小血管症
糖尿病では、高血糖により血管が障害を受けやすくなっていますが、これは細い血管ほど顕著に現れます。
細い血管を持つ部位として眼、腎臓、神経に障害が出やすく、それぞれ「網膜症」「腎症」「神経障害」と呼ばれ、これは「6大合併症」のうちの3つです。
糖尿病網膜症
目の網膜と呼ばれる部位には毛細血管が張り巡らされています。
高血糖の状態を放置すると、この毛細血管が障害を受けて「糖尿病網膜症」を引き起こします。
初期には自覚症状はほとんど起こることはなく、視力の低下、視界に虫のような小さな点が見える(飛蚊症)などの症状が現れる頃にはかなり進行していることが多いです。
このため、糖尿病患者は原則1年に1回の眼科受診が推奨されています。
(網膜症がなく血糖コントロールが良好な場合は2年に1回にしたり、逆に糖尿病になって長い期間が経過している方は網膜症になりやすくく、半年に1回受診が必要な方もいます。)
糖尿病網膜症による失明は、毎年約3,000人におよび成人後の失明原因の第2位となっています。
糖尿病腎症
腎臓の糸球体と呼ばれるところでは、毛細血管が密集しており、ここで血液がろ過されて尿が作られます。
高血糖の状態が続くと、毛細血管が障害されて「糖尿病腎症」を発症しやすくなります。
糖尿病腎症は進行してしまうと、腎不全(腎臓が十分に機能しなくなった状態)となり、透析をしなければいけなくなります。
本来、健常な方では排泄される尿の中にタンパク質はほとんど混ざることはありません。
しかし、高血糖により腎臓の毛細血管が障害が受けると、初期には尿にごく微量のタンパク質が混ざり、進行すると次第に尿に混ざるたんぱく質の量が増えていきます。
この初期のごく微量のタンパク質を測定するのが、尿検査で行われる「微量アルブミン尿検査」です。
微量アルブミン尿の検査は、糖尿病腎症の初期を評価するためによく使用されています。
糖尿病腎症により透析が必要になる患者様は、年間で16,000人にのぼり、新規で透析が必要になる方の原因疾患の第1位となっています。
糖尿病腎症は、透析をイメージして怖いと思っている方もいらっしゃいますが、腎臓の機能が低下してしまうと、体内の余分なものが排出できなくなり一部の薬が使えなくなることもあります。
このことで、糖尿病治療に必要な薬が使用できなる恐れもあります。
糖尿病神経障害
糖尿病神経障害は、糖尿病の比較的早期から現れやすく、最も発症しやすい合併症です。
高血糖の状態が持続すると、手足の神経に障害が起こりやすくなります。
神経障害では、手足がしびれや痛みが出たり、足先の冷え症状、排尿障害、便通異常が現れやすくなります。
これらの症状は比較的軽いため、放置されやすく積極的な治療を受けない患者様もいらっしゃいます。
しかし、糖尿病神経障害が進行した場合、痛みを感じにくくなるため、傷口などに細菌が感染して気づかずに放置してしまった場合、壊疽(えそ)が起こることがあります。
組織が壊死し、腐敗している状態です。黒色や緑色に変化し、異臭を放ちます。
そして、壊疽は足にできることが多いのですが、一度起きてしまうと足を切断をしなければいけなくなることが多いです。
大血管症
「大血管症」と呼ばれるところから、細い血管に障害が起きる「細小血管症」とは異なり、大きな血管に障害が出るのだろうと推測がつくのではないかと思います。
では、大きい血管とはどのような血管でしょうか?
ここでの大血管とは、心臓の血管や脳の血管、足の血管を指しますが、大血管症は糖尿病の初期から症状がないまま静かに進行していきます。
糖尿病になって経過した期間とは無関係に発症し、気づいたときには重症化していると言うことが多くあります。
心臓の血管の障害
心臓に血液を送り込む大きな血管は「冠動脈」と呼ばれ、ここに障害が起きると「冠動脈疾患」と呼ばれます。
心臓の血管の障害は主に、狭心症と心筋梗塞があります。
狭心症は、何らかの原因で心臓の血管が細くなった病気であり、通常症状は一時的で数分から十数分くらいです。
心筋梗塞は、糖尿病の6大合併症の一つで、心臓の血管が細くなり血液が心臓に巡らなくなるため、心臓へ必要な酸素や栄養が行き届かなくなり、心臓の一部が壊死してしまう疾患です。
心筋梗塞の症状は30分以上から数時間に続くこともあり、致命的な病気です。
糖尿病は、このような大血管症を引き起こしやすくしますが、高血圧や脂質異常症、慢性腎臓病、肥満、喫煙なども糖尿病と同じく大血管症のリスク因子であると言われており、このようなリスク因子が複数あると、より大血管症のリスクが上がります。
(高血圧の合併症については「高血圧症の合併症はこれほど恐い!高血圧症を放置した顛末」をご参照下さい。)
脳の血管の障害
脳に血液を送っている血管を脳血管と言いますが、この血管に障害が起きたものを「脳血管障害」と呼ばれます。
脳の血管の障害は主に、脳梗塞と脳出血に分けられます。
脳梗塞とは、脳血管が動脈硬化により細くなってしまい、脳の一部に血液が行き届かなくなり壊死を起こしてしまった状態です。
脳出血とは、脳血管が何らかの原因で破れてしまい、そこから出血を起こした状態です。
心筋梗塞や脳血管障害の発症率は、糖尿病に高血圧があると、糖尿病や高血圧のない方に比べて6~7倍になると言われています。2)
日本人の2型糖尿病患者2,033人(女性47%、平均年齢59歳)を対象に、一般住民と比べてどの程度「狭心症と心筋梗塞」と「脳梗塞と脳出血」が起こりやすいかを検討した研究があります。
7.86年(中央値)の追跡期間中のそれぞれの発症率は、「狭心症と心筋梗塞」の群で一般住民と比べて約3倍、「脳梗塞と脳出血」の群で一般住民と比べて約2倍であったと報告されています。
手・足の動脈の障害
血糖値が高い状態を放置すると、手や足の血管にも動脈硬化が起こり、血管が細くなり障害が起こります。
この病気を「末梢動脈疾患」と言います。
末梢動脈疾患では、足に起こる症状が特に問題とされており、以下のような症状が現れやすくなります。
段階 | 症状 |
1段階目(最も軽症) | 足の冷感やしびれ、色調の変化 |
2段階目 | 数十から数百m歩くと、足に痛みが起こり歩行ができなくなる(間欠性跛行) |
3段階目 | 安静時でも足に痛みが出る |
4段階目(最も重症) | 極度に血流が悪くなるため、足が壊死したり、皮膚に潰瘍が起こる |
糖尿病性足病変
糖尿病足病変(とうにょうびょうそくびょうへん)は、高血糖状態が続き、「足の神経障害」と「血流の障害」、「免疫力が低下により細菌が感染しやすくなる」と言った条件が揃うと発症しやすくなります。
このような条件下で、靴擦れや傷、たこができると引き金となり感染症が起こります。
神経障害があるため、痛みを感じにくく発見が遅れやすいです。
しかし、放置すると傷やたこが潰瘍となり、潰瘍が壊疽(えそ)となることで足を切断しなければいけなくなってしまいます。
壊疽となった場合は、足を切断しなければならないことも多く、毎年3,000人以上が糖尿病足病変により足を切断していると言われてます。
認知症
高齢者の高血糖や重症の低血糖は、認知症の危険因子になると言われています。
平均血糖値190mg/dLの高齢糖尿病患者の認知症になるリスクは160mg/dLに比べて1.4倍と高くなること3)などの報告があります。
しかし、「糖尿病診療ガイドライン2016(日本糖尿病学会)」では、高血糖と認知機能の低下が関係ないと言う報告4)もあり、血糖を下げることで認知症を予防できるとする明確な根拠は少ないため、高齢者での厳格な血糖コントロールは行わないように規定されています。
こう書くと、「高齢者では血糖を下げなくてよい」と勘違いされる方が意外に多いため加筆しておくと、高齢者では低血糖の危険性が高く「厳格な血糖コントロール」はしないこととなっていますが、「血糖値を正常範囲に抑える血糖コントロール」は当然行うようになっています。
確かに、高齢者では低血糖が起こりやすく慎重な血糖コントロールが必要であるため、若い方に比べると血糖値を高めにコントロールすることが多いですが、高齢者でも適切な血糖コントロールを行うことで認知症を含めた様々な合併症を予防し、死亡リスクが減少できるとされています。
歯周病
最後に歯周病について解説します。
意外にも、歯周病も糖尿病の6大合併症の一つで、一度なってしまうと大きく生活の質を低下させてしまうため、怖い合併症の一つです。
歯周病は、歯肉に炎症が起きる「歯肉炎」と、歯茎の骨の部分まで炎症が進んだ「歯周炎」に分類されます。
歯肉と歯の間の歯磨きがきちんとできていないことでプラーク(歯垢)が蓄積し、そこに細菌が感染して歯周病を発症します。
1型糖尿病患者で血糖コントロールが不良であった群と良好であった群で比較した調査では、不良であった群では良好であった群よりも歯周病が進行しやすいことが報告されています。
しかし、1型糖尿病と歯周病に関しては適切な根拠がないとする意見もあり、まだ十分な研究がなされていないと言えそうです。
2型糖尿病に関しては、HbA1c6.5%以上になると、歯周病の発生のリスクが高くなると結論付けられています。
1990年に行われたネイティブアメリカンのピマ族での大規模な調査では、糖尿病患者では歯周病の発生率は糖尿病でない方に比べて2.6倍高いことが示されました。5)
また、国内で行われた久山町における研究や海外の複数の研究で、歯周病になると糖尿病を悪化させると言うことが示されています。
つまり、糖尿病になると歯周病になりやすくなり、歯周病になると糖尿病を悪化させやすくすると言う悪循環があるのです。
最近のメタアナリシスでは、「歯周基本治療」によりHbA1cが0.38~0.66%低下するが示されています。
歯周病に対する治療の一つで、歯周病の①進行の停止②原因を取り除く③炎症を軽くするなどの目的があります。
糖尿病の合併症が現れる順番
急性合併症
糖尿病の合併症は「急性合併症」と「慢性合併症」に分類されますが、急性合併症の起こりやすい順番や期間は特にありません。
急性合併症の起こる原因は、主に以下のようなものであり、「高血糖が持続することで動脈硬化が起こること」そのものが直接の原因となっている訳ではないため、いつでも起こってしまう危険性があります。
- 1型糖尿病発症時
- インスリン製剤の使用の中断
- 感染症
- 脳血管障害
- 水分の摂取不足
- 敗血症
- ビグアナイド系の薬の使用
- アルコールの摂取
- 肥満
- 清涼飲料水を大量に摂取
(参考 「糖尿病の急性合併症」)
このため、急性合併症は糖尿病を発症してから経過した期間に関わらず、上記のような特定の条件や病気により急激に引き起こされると言えます。
慢性合併症
高血糖が持続することで発症しやすい慢性合併症においても、糖尿病足病変、認知症、歯周病、ばね指などに関しては、どのような順番で、糖尿病になってからどれくらいの期間で合併症が起こるのかを記載した文献を見つけることはできませんでした。
これらの発症は、個人差が大きく糖尿病から合併症を発症するまでのおおよその期間が推定できないのではないかと思われます。
しかし、糖尿病の三大合併症である「糖尿病神経障害」「糖尿病網膜症」「糖尿病腎症」に関しては順番の根拠となるものが見つかりましたのでご紹介したいと思います。
糖尿病神経障害
糖尿病神経障害では、手足のしびれや痛み、足先の冷え、排尿障害、便通異常が現れやすくなりますが、糖尿病の三大合併症(網膜症、腎症、神経障害)のうちで最初の順番で起こりやすいと言われており、3~5年で症状が現れてくる方が多いです。
日本臨床内科医会調査研究グループが2000年に行った断面調査では、糖尿病と診断されて経過した年数と、1型と2型糖尿病患者で神経障害が起きていた患者の割合は以下の通りでした。6)
1型糖尿病 | 2型糖尿病 | |
5~10年未満 | 29% | 31% |
15~20年未満 | 44% | 46% |
30年以上 | 58% | 62% |
また、日本糖尿病対策推進会議で、2006~2007年に、平均年齢約65歳、糖尿病になってからの期間が平均で約10年の糖尿病患者167,114人を対象に行われた、糖尿病神経障害に関する調査では、47.1%に糖尿病神経障害が認められ、そのうちの40.3%が無症候性神経障害でした。6)
「無症候性」とは、痒い、痛いなどの自覚症状がないと言う意味です。つまり、無症候性神経障害とは何も自覚症状がないが、実際は糖尿病神経障害が起きていることを指します。
糖尿病神経障害の診断をする際の基準が異なることもあるため、調査により多少の発症率のバラつきはあるようですが、糖尿病と診断されたら、まずは糖尿病神経障害が起こらないように血糖値をコントロールすることが一つの壁と言えそうです。
糖尿病網膜症
糖尿病網膜症は、初期には自覚症状はほとんどなく、視力の低下、視界に虫のような小さな点が見える(飛蚊症)などの症状が現れる頃にはかなり進行していることが多いです。
5~10年で「糖尿病神経障害」の次の順番で症状が現れてくることが多いと言われています。
日本臨床内科医会の調査研究グループが2000年に行った調査では、全国の糖尿病患者12,821人のうち、1型糖尿病患者の28.5%、2型糖尿病患者の22.9%で網膜症が認められました。7)
さらに、国内で2型糖尿病患者に対して行われた調査では、糖尿病網膜症がなかった患者でも、毎年3.3%が新規に糖尿病網膜症を起こしたと報告されています。8)
このように、糖尿病患者であれば多くの方が起きてしまう合併症ですが、血糖値を適正範囲にコントロールすることができれば、予防したり、進行を遅らせれる確率が劇的に上がると言われています。
糖尿病腎症
糖尿病腎症は三大合併症では最後の順番で、糖尿病になってから約5~10年経つと、「微量アルブミン尿」が現れてくると言われています。9)
高血糖により腎臓の毛細血管が障害が受けると、糖尿病の初期には尿にごく微量のタンパク質が混ざり、進行すると次第に尿に混ざるたんぱく質の量が増えていきます。この初期のごく微量のタンパク質を微量アルブミン尿と言います。微量アルブミン尿は、糖尿病腎症の初期を評価するためによく使用されています。
糖尿病腎症がさらに進行すると「顕性たんぱく尿」「持続性たんぱく尿」が現れて、腎不全へと進行します。
「顕性たんぱく尿」とは、尿の中に大量のたんぱくが出ている状態で、「持続性たんぱく尿」とは尿の中にたんぱくが常に出ている状態を指します。
個人差はありますが、微量たんぱくが出始めて3~5年のうちに、大量のたんぱく尿が出るようになります。といっても、最初は多かったり少なかったりしますが(間欠性たんぱく尿期)、やがて、常に出るようになり(持続性たんぱく尿期)、腎臓の機能は著しく低下してきます。この時期を顕性腎症期といい、すでにかなり腎症が進行していることを示しています。
(引用元 糖尿病性腎症1|NPO法人腎臓サポート協会)
糖尿病と診断されて経過した年数と、1型と2型糖尿病患者で糖尿病腎症が起きていた患者の割合は以下の通りです。6)
1型糖尿病 | 2型糖尿病 | |
5~10年未満 | 8% | 10% |
15~20年未満 | 25% | 19% |
30年以上 | 30% | 28% |
また、日本臨床内科医会の調査では持続性蛋白尿のある患者と透析を受けている患者を糖尿病腎症とし、糖尿病患者のうち糖尿病腎症の患者の割合を検討しています。
これによると、1型糖尿病の17.3%、2型糖尿病の14.0%に糖尿病腎症が認められたとされています。6)
東京女子医科大学病院で1型糖尿病患者と2型糖尿病患者で、どちらが糖尿病腎症を起こしやすいのか検討した調査がありますが、これによれば1型糖尿病に比べて2型糖尿病では、糖尿病腎症を起こす割合が高かったと報告されています。10)
糖尿病は血糖コントロールができれば怖くはない
このように糖尿病の三大合併症は順番に症状が出てくることが多いです。
血糖値が正常範囲で高めであったり糖尿病になったばかりの頃には、何も自覚症状がないことが多いため、血糖値を下げようとする意志が低下しやすいです。
その結果、薬の「飲み忘れ」や「服用を自己判断で中断する」と言った行動に繋がる方もいらっしゃいます。
また、昨今ではインターネット上で様々な情報が溢れていますが、この中には当然、医学的・薬学的に根拠のない情報も数多くあります。
このような情報を信じて、最善であると思われている治療を拒否される方もいらっしゃいます。
しかし、糖尿病の治療を受けずに血糖値を高い状態で過ごした期間は身体の中で記憶され、「動脈硬化の進行」と言う形で残っていき、いずれ合併症を発症することになります。
糖尿病の合併症を放置すると透析や足の切断、失明などの悲惨な結末につながります。
糖尿病は長期の治療が必要なことが多く、重症化してしまい治療薬の数が多くなってしまった場合などは、高額な医療費を支払い続けなければいけないことも多いです。
当たり前のことですが、糖尿病にまだなっていない方は糖尿病を予防するための健康管理を、糖尿病と診断されている方は血糖値を適正範囲にコントロールするために、食事療法や運動療法を可能な範囲で行い、必要な薬はしっかりと継続することが重要です。
逆のことを言えば、これらがしっかりできればほとんどの糖尿病は怖くはありません。
長文でしたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
〔参考文献〕
1)新しい糖尿病治療薬3 高用量メトホルミン製剤の 使い方
2)糖尿病で高血圧のある方へ
3)Crane PK,Walker R,Larson EB : Glucose levels and risk of dementia N Engl J Med 369 : 540-548,2013
4)Christman AL,Matsushita K, Gottesman RF st al : Glycated haemoglobin and cognitive decline :the Atherosclerosis Risk in Communities(ARIC)study.Diabetogia 54 :164516-52,2011
5)Nelson RG,Shlossman M,budding LM et al : Periodontal disease and NIDDM in Pima indians.Diabetes Care 13 : 836-840,1990
6)糖尿病専門医研修ガイドブック 改訂第7版
7)日本臨床内科医会調査研究グループ:糖尿病神経障害に関する調査研究. 第1報 わが国の糖尿病の実態と合併症. 日臨内科医会誌 2001;16:167-195
8)Kawasaki R et al. : Incidence and progression of diabetic retinopathy in Japanese adults with type 2 diabetes: 8 year follow-up study of the japan Diabetes Complications Study(JDCS). Diabetologia 2011;54:2288-2294
9)専門医研修ガイドブック 改訂第7版
10)Yokoyama H, et al. : Higher incidence of diabetic nephropathy in type 2 than in type 1 diabetes in early-onset diabetes in japan. Kidney Int 2000;58:302-311